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すきなものをすきなときに

   
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風に帰る

ショウ邦最後の方パターン
 




風に帰る

ショウカ編

劉邦はゴロツキ時代、よくショウカの元にぶらぶらと遊びに顔を出した。
大抵は仕事をしているショウカの横で、何もせずにだらだらと寝転がっているだけだった。

平和な世の中だったら、おそらく劉邦はただの地方のヤクザのままで終わっただろう。
あの小さな閉じられた、それでも強固な集団の気の良い劉兄貴で終わっただろう。
だが蕭何は馬鹿にしかできない事に、賭けてみようと思った。
この未だ定まらぬ世だからこそ必要とされる馬鹿にしかできないことを。
その為に蕭何は己と劉邦の生涯を賭す芝居を打つと腹をくくった。
”劉邦殿は×××であるーーーー”
周りを騙し自分も騙し世を騙し、そうしている内に嘘がまるで本当の事のようになりこれは本当に劉邦殿は、と蕭何自身嘘を忘れて己でも信じてしまうくらいにまでに膨れ上がった。
そして世が嘘を残らず信じてしまった。
つまりは天をも騙す事ができたのだ。
天においても嘘が本当と同じと言う事は、それはつまり本物に「なって」しまったという事だ。

劉邦はもはや人では無い。帝だ。帝という形の形のものとなった。

それでも劉邦は最初のあたりはまだまだ人の匂いをしていた。あの未完全なゴロツキの兄貴の匂いを残していた。それが一日経ち一ヶ月経ち一年経ちーー、次第にその匂いは消えて行った。
以前のようなふざけた行儀知らずの成りは潜め、軽率な人懐こい笑顔もすることも無くなった。

かつて劉邦は部下の力に支えられ、面倒を見て貰う代わりに部下の話をよく聞いた。
成果を上げた者を評価し褒美を惜しまなかった。
そして項羽という巨大な敵がいたからこそ、劉軍はその下に結束する事ができた。
その項羽がいなくなり、国ができた今、劉邦とその部下の関係は以前と趣きが変わり始めた。
力を持つ優秀な部下であればある程、それは劉の国の、漢の足元を脅かす存在へと意味合いが変化したのだ。
劉邦が客将として尊重し、部下もまたそれを支えていたが為に、その力のバランスも自然拮抗していたからだ。もし劉邦が項羽のような権限を頂点は己のみである、という君主であれば国の機能として問題は無かっただろう。これは本当に全くもって皮肉な話であった。

劉邦は変化した。
部下を一個の力として…ともすれば自分へ向けられる刃にもなるのだという目で見るようになった。
何が脅威で何が権力か。国を保つという事はその力をどうすべきか。

そうだ劉邦は今はもう帝という形そのものになったのだ。
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蕭何は最近床に伏せっている。
もう己の寿命も長くは無い。

戸口からドンドンドンと騒がしい音が鳴った。
家人が騒いでいる音とともに懐かしい声も聞こえる。蕭何は静かにその時を待った。
荒々しい音を立てて樊噲は蕭何の寝室へ踏み込んで来た。
「蕭何さん」
樊噲はその巨体を揺らしながら、じっとこちらを見つめてくる。
ああ、この人だけは変わらない。
劉邦が、英布が張良が韓信が自分が変わって行く中この人だけは変わっていない。
 蕭何もわかっていた。あの時の会話の続きだろう。
まっすぐな目をしたまま樊噲は蕭何の襟首を掴んだ。
「待った。もうずっと待ったんだ。でもいつまでたってもだ。
いつ戻ってくる。兄貴はいつ戻ってくるっていうんだ」
「樊噲殿」
「あんなのは兄貴じゃねぇ!」
詰め寄っているのは樊噲の筈なのに酷く苦しそうに顔を歪ませながら叫んだ。
 蕭何は静かに答える。
「もう、あの方は人では無いのです。権力が分散していたら一体国がどうなってしまうかわかるでしょう」
「でもそれにしたって、あんなのは酷い。俺や蕭何さんまで疑ってどうなるっていうんだ。どうにもならねぇ。兄貴はそんなに馬鹿になっちまったっていうのか。」
 樊噲の掴んでいる手を蕭何は掌でゆっくりと覆った。
「樊噲殿、私をどうぞ殴って下さい。貴方達から劉邦殿を取り上げて、そしてそのままにしてしまった」
刹那、樊噲はまるで子供が泣きだす寸前の様にぐにゃりと顔を崩しそのまま咆哮した。
蕭何の耳に樊噲が大きく動く風を切る音が聞こえた気がした。

 
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蕭何は満足だった。
劉邦と自分とのあの嘘の犠牲の上に漢が出来上がったのだと思うとそれだけですべてが慰められた。
ただ、やはり少し疲れてしまったなというのが正直な感想だった。
それから暫く経った後、劉邦が死んだという訃報が蕭何のもとに舞い込んだ。
 蕭何もまるで追うようにその後息を引き取ったという。


韓信編


自分が稀代の壮士である事は自覚している。
これは自意識過剰というものではない。事実そうだから仕方が無いのだ。
千年か万年かいいやこの先もしかしたら自分を凌ぐ者は現れないかもしれない。
人をどう動かせば相手を倒せるのかが不思議とわかった。どんな劣勢でもその一筋の光は見失わない。逆に絶体絶命であればある程燃え上がった。戦場に身を置いていると頭が冴えわたって行くのを感じる。
何故と言われてもわからない。自分は「そういう」人間だった。
韓信が何が一番許せないかというと、その己の力がどこにも発揮されず世に評価されず埋もれてしまう事だけだった。
家や金や地位や名誉はどうでも良かった。いや正確に言うとそれらを欲しがってたのは「自分の価値がどれだけ認められたか」という指針としてしか見ておらず、物質的な部分はどうだって良かったのだ。
自分の才能がこのまま何の役にも立たず消え失せてしまうのが悔しくてたまらない。
だから、劉邦には感謝している。

それなのに一体これはどうしたことだ。
己を取り囲むように引き連れて行く漢の使者を見て韓信は呆然と思う。

己の他にあの二十万の軍を打ち破る事ができた人間がいたか?
あの地形と人の心理を最大限に引き出せる指揮官が他にいたか?
まるで使い物にならなかった兵を自分で育て上げ直し、しかしそっくり劉軍に吸収されてもそのままでいたのは劉邦が大将だと認めていたからではないか。
その劉邦に斉を平定できたか?
蒯通の独立の誘いを断ったのは勿論劉邦に義理を立てたからだ。
自分がいなければ、とてもではないが項羽に勝てたりはできなかったではないか。

韓信は最期に叫んだ。

「ああわかった、よくわかった!!お前たちがどういう人間なのかようくわかった!!
こんなにも恩恵を施した俺を、義理を立てた俺を、何よりも貢献した俺を!!
馬鹿な忠誠などは捨てて蒯通の助言を聞いていればよかったのだ!!
良狗も良弓も使いどころが終わってしまったら処分してしまうのだというのがよくわかった!!
お前たちはただの疑心暗鬼と権力に捕らわれた人間になった事がようくわかった!
呪われろ!呪われろ呪われろ劉一族も漢も永劫呪われてしまえ!!!」


張良編

何やらまた世間界隈が騒がしい。張良は眉をひそめた。
というのも、もう政治から身を引いた自分が、後継ぎ問題の為にと呂后に無理やりひっぱり出されて賢者探しまでさせられてしまったからである。
だがもう俗世に引っ張り出されるのはこれで最後だ。
自分は後は静かに暮らしていきたい。
韓信のような真似ごとは嫌だった。
 蕭何はなかなか上手く立ちまわっているが、韓信は周りの状況というのを客観的に見れていない。
戦が終わってしまった今、それ以上力を欲しがってはいけないのだ。
君の元に権力を差し出し頭を垂れなくてはいけない。
それは、劉邦に勝利をもたらした一番の貢献者である韓信にとって真に理不尽な道理である。
理不尽な道理だが、それは確かに平和な世の道理だった。
戦場で戦っていた時と同じような待遇を求めていては、己の首をただ絞める自殺行為にしか過ぎないのだ。
 それに気が付かない純粋なあの人はもう上手く生きる事ができないのだと思うと、何やら無償に韓信が哀れでならない。

 張良は窓の外を眺めた。雀が庭になにかないかとちょこちょこと動き回っている。

張良の心の真ん中をまっすぐに通っていたのは韓の国、ただそれだけだった。

韓の復讐というそれのみを人生に捧げて来た。
あの始皇帝暗殺計画も、劉邦の客将として参謀役に突き従ったのも尽力を尽くしたのも、全ては韓の為だった。
そしてその一縷の望みをーーー己の人生のたったひとつの望みの韓王成を項羽に殺されてしまった後は、項羽を滅ぼす事が張良の第二の人生の目標となった。

韓というそのひとつの存在は何物にも代えがたい張良の心の拠り所であった。
それは劉邦に仕える事となった後も変わらなかった。そしてそれを劉邦もわかって、それ以上は踏み込まず大切にしてくれていた。
打倒項羽を達成した今、張良はもはや己の身を政治や国に置く理由が無くなった。
劉邦が無理やりに引っ張り出してこないのもきっとそれを理解しての事だろう。
己の芯はいつでも韓のものだったが、それでも時折劉邦達と共に一枚岩でなんとか切り抜けようと固まっていた時の事を思い出すと懐かしさを覚える。
そんな風にのんびりと張良は時折思い出しながら、ただ一人穏やかな日々を送っていた。


ハンカイ編

劉邦が旗揚げし、自分も難しい事はよくわからないままに必死で剣を振りまわしていた結果、いつのまにか劉邦が国を制するかどうかという大仰な事にまでなってしまっていた。

上にたつ大将として劉邦は昔程無茶はしなくなっていた。
だがそれでも珍しく劉邦は、今日は沛時代に戻ったように酒を思う存分呑んでそのまま酔い潰れてしまっていた。
その劉邦を介抱する為に自分より大きな身体をずるずると引きずっている蕭何を見て、樊噲は笑いながら「俺が運びます」と劉邦を担いだ。
そのまま二人で夜道を歩いていく。外ではまだ馬鹿騒ぎをしている男たちの声が聞こえる。
 樊噲は潰れて眠り続ける劉邦を抱えなおしながら夜道を蕭何と歩いた。
こんな風に蕭何さんと兄貴(と言っても酔い潰れて寝ているが)と三人で歩くのも久し振りだなと樊噲は月を眺めながら話しかけた。
「なんだかまるで嘘みたいな話ですね。ただのならず者の俺たちが、こんなになっちまうなんて」
「そうですか」
「でも、俺、時々思うんです」
 樊噲はなるべく丁寧に大切なものを発音するように喋った。
「兄貴がこのまま上に行ってしまったらどうなるんだろうって。そう思うと時々とても怖くて。だって兄貴は、」
そこまで言うと蕭何は竹林をとん、と通るような明瞭な声で樊噲の言葉を遮った。
「今はそれ以上言うことは止めて下さい」
 蕭何がいつも以上に真剣な目でこちらを射抜いてくるので、樊噲もそれ以上はよした。
その代わり、
「こんなに呑んで兄貴は明日ちゃんと起きれるかな」
と関係のない話題へと変えた。
後ろで、私は馬鹿にしかできない事に賭けてみようとおもったんです、という蕭何の言葉が付いてきた気がした。

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漢ができて数年が過ぎた頃、樊噲は我慢ができずに蕭何の元へ飛び出した。
それまで溜めこんで来た自分の鬱憤を解放したかのようにめちゃくちゃに走った。
小間使いに止められるのも無視して蕭何の家へ飛び込んでいく。
近頃病気で伏せているらしい蕭何は床に伏せっていたようだが、樊噲が来る事がわかっていたのか身を起してこちらをじっと見ている。
だから樊噲もそのままの勢いで蕭何に掴みかかった。

あの時飲み込んだ言葉を、そしてずっとそのままにしてきた言葉を、激情のまま蕭何にぶつけた。
劉邦は皇帝に即位した。漢という国ができた。
だがかつての劉邦の姿はそこになく、そこに待っていたのは部下に対する大粛清だった。
 樊噲にも理屈はわかる。しかし自分達にまで嫌疑がかかっている事を知ってもう心の行き場所をどうすればよいのかわからなかった。どうにもならなかった。
(今はそれ以上言う事は止めて下さい)
だから俺は待った!
あの時、続きを言うのはよす事にした!
だがもういいよな?もうこれだけ待ったのだから蕭何さん、言ったっていいよな?!
 「いつ戻ってくる。兄貴はいつ戻ってくるって言うんだ!だってあんなのは天命でもなんでも無かったじゃないか。そんなものはただの嘘だ!蕭何さんが兄貴を担いだ大嘘だ!兄貴はただの、沛の俺達の兄貴だったじゃないか!」
襟首を掴む手がぶるぶると震えた。蕭何さんは初めと全く顔色を変えずに答えた。
「樊噲殿、私をどうか殴って下さい」

そんな事ができるだろうか。
だって、そんなのは、蕭何さんが一番……!
手をまわして兄貴を役人にしたのも、ああやって旗揚げした当初も、国ができた今も、それを保とうと蕭何さんが下手な悪政を敷くという馬鹿な芝居も、蕭何さんが一番…!

気が付くと樊噲は蕭何から殴る筈だった手を投げ出し、慟哭しながらその場に崩れていた。


劉邦編

馬車に揺られながら劉邦は岐路に着いた。

漢ではない。故郷の沛だ。
何もかもが懐かしい。
あの頃はただの任侠でろくでもない生活をしていた、馬鹿な仲間は大好きだったがそれでも当時、格別沛という土地に思い入れは無かった。むしろ家では厄介者扱いをされて早くこんな土地から出て行きたいなともよく思っていた。
あの頃と全く変わらない道。そうだ、この道を行く始皇帝の行列を見てあんな風になりたいななんて言って俺は酷く怒られなかったっけ。
今、こうしてあの時の始皇帝の風にして帰ってきている。
村の皆が伏すようにして俺を歓迎している。
その中、突っ立ってこちらを眺めている青年が一人ぽつんと見えた。
なかなか勇気のある奴だと思うが、本当はあいつが誰だかは知っている。

沛の劉の兄貴だと皆から呼ばれている男だ。

皆に慕われて馬鹿みたいに笑っていた過去の俺の幻。
いつもの褪せた服を着てそこに立っている昔の俺は手を腰にやったまま、「お前随分と詰まらない奴になったんだな」と始皇帝を見たあの時と違う言葉を掛けて来た。
そして、ああそうだ 樊噲とカコウエイとロワンの奴らと酒をひっかけようといつものように笑いながらかけていく。

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寝ようとしたその日の枕元に、再びかつての俺が現れた。
そうして「お前随分と詰まらない奴になったんだな」と繰り返して笑いながら言ってくる。
「ウルセェよ。そんな事は、俺が一番わかってるんだよ」
俺は本当に久し振りにそんな言葉遣いをした。儒者の家臣がいたらお説教で大変な事になっていたが、幸いな事に寝室にまではそれは及んでいない。
昔の俺は、少し苦笑いをしながらひらひらと手を振るとそのまま消えた。

次の日、沛のこども達を集めて歌を教える事にした。
そうだこの俺が作る歌なのだから大して上手いものではない。それでも俺の心に残る最後の唯一の本当の気持ちが少しでも伝われば良いと思った。


沛にはあの頃と同じように風が吹いている。







ショウ邦編

ショウカさんが、遅れてこちらにやって来たっていうのに俺にすぐ会いには来ず、昔のように何だか難しい本を見て仕事をしている。
こんなところに来てまでそれは無いだろうとは思うが、ショウカさんらしいと言えばらしい。
そして「ああ、劉邦殿ですか。私の所に来るのは勝手ですが、仕事の邪魔はしないでください」なんてまるで当時のような言い方をする。
俺は廟号・太祖、諡号は高皇帝なんて立派なものをつけられて、下の地では劉邦だなんて名前で呼ぶのは畏れ多いとそんな号で呼ばれているっていうのにな。
「うん」
でも劉の兄貴だっていいかな。だって俺何故か今もの凄く泣きそうなんだ。
「じゃあ、俺、いつもみたいにショウカさんの隣で寝ていてもいいかな」



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大風起こりて雲飛揚す
威海内に加わりて故郷に帰る
いずくむぞ猛士を得て四方を守らしめん



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