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すきなものをすきなときに

   
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手待ち
狸の黒いおなかぽんぽん

家康の元には連日色々な人が訪れた。いくつかの別の派閥が台頭していたが、それぞれに繋がりを切らさないようにお互いが複数の相手と交友を持つ事は基本だ。どうぞこちらもよろしくね、とにこにこ笑いながら探り合う。
が、その日は特に格別な相手だった。
底抜けに明るくいつも自由気ままにふらりふらりと足取りが軽い性分とはいえ、あの太閤様が来ると知らされたのは数刻前だったのでさすがの家康も驚き慌てて準備をする。
接待は細心の心遣いをしなければいけない、鷹狩り、ならば己の一番得意な「遊び」の交流だが、太閤様の最近の身体を思うと少々無理だしこちらの得手で、というのはそも接待の本分ではない。茶道、秀吉の好む茶は道具から作法から知識から、家康のそれとは比べる事ができないくらいの高いレベルだがこちらの方がまだ、という気持ちだ。だがとにかく失礼があってはいけない。
幸いな事に、秀吉は急に訪れた事を明るく詫びて碁でもどうかと提案してきたので家康のそれは杞憂に終わった。
さて秀吉の碁の腕前は特別上手いという程ではなかったが、それでも家康よりもひとつふたつ強さの段が上であった。
雨季に入った事もあり、今日もしとしとと雨が降っている。家康は客室に秀吉を通した。
碁盤を用意させ、秀吉と対峙する。
秀吉は始める前に徳川殿の今日の召し物は良い色だ、とまず相手を褒め
最近巷ではこういう色が流行っている、と自分の着物を指していい、だが儂には合ってないようだと自虐を込めた笑いに持っていった。秀吉はまずはじめに必ず相手の懐に飛び込んで行き相手にに好かれる。こういう手合いを一番上に立った今でも行っていた。人たらしのゆえんだ。家康はただはい、とにこにこしながらいちいち頷いている。
碁の勝負も緊張で差し迫ったもの…ではなく、時々秀吉が世間話を挟みながらの穏やかなものだった。
(そうだろう)
と、家康は合点する。
だってこれは秀吉から家康へのお願いとけん制なのだから。
秀吉の天下取りとその繁栄はまさしく桜の華の如くであった。
華やかで、光と桜色の夢の中を歩き、一気にその栄華は咲き誇った。
が、同時にその陰りも急速だった。その一番の原因は秀吉の体調の悪化である。

外からわずかに雨音が聞こえるだけで、部屋は静まり返っている。
秀吉が手にもっていた黒を指す。静かな部屋にぱちりという音が響いた。

豊臣政権は、秀吉がいたからこそその組織が上手く回転しているのである。
というのも農民から一気に頂点に立った秀吉は「家」というよりどころを持たない。だから実質後ろ盾というものがなく、身内と、部下で支えられている。
なんの手立ても打たず秀吉が死んでしまえば、あっと言う間に崩れてしまう砂上の楼閣であった。
そして秀吉亡きあとに一番の力を持っている外様と言えば家康である。
だからこそ最近秀吉が家康と顔を会わせる度に口にするのは、家康とのどうか秀頼を御頼みもうすと言った文言であった。
家康も勿論――秀吉の手を握り――勿論でございますとも不詳この家康のお力は全て太閤様と秀頼さまの為に使わせて頂きます――とその都度返答していた。
ぱちり、ぱちり
雨音と石の音のみが部屋を包んでいる。
碁を指す秀吉のやせ細った腕から伸びる指を見て、家康は確信した。
(もはや長くない)

秀吉がいなくなりその後どうなるか。
勿論その後の為に家康のもとには連日武将からの≪訪問客≫が訪れているのだ。
豊臣の後ろ盾は部下しかいない、が、その肝心の部下も≪残念なことに≫一枚岩と言い難い。こちらも、「秀吉様の御為」という共通意識があるからこそ、そして秀吉の采配があるからこそ上手くいっているのであって、秀吉亡きあとはお互いの権力関係で揉めそうなのは容易に想像できる。今でさえお互いに反発を覚え喧々諤々としているのだ。火だねはいくつも豊臣がうちうちに抱え込んでいる。
石田、加藤、福島。まだ幼い秀頼。女の政治。その時前田の抑えは。自分が指す一手は。
これ幸いとすぐに攻めに行くのは全くおろかもののすることだ。守り、だが実を結ぶように、しっかりと布石を敷く。待つことを恐れてはいけない。火だねはあちらが持っている。爆発は外からより内からの方が強いのだ。
ぱちりぱちり。
家康は碁盤をじっと見つめながら石を手の中で回しながら考える。
(3手…いや)

(5手待つ)


勝負の結果は秀吉の勝ちだった。
太閤様にはこの家康かないませぬなあといつもの低身でにこにこと見送りをしながら話す。
秀吉もいつもの秀頼をどうかよろしくという言葉を繰り返しながら、家康の家を発った。
雨の中を帰って行く秀吉の傘がゆっくり遠くへと消えていく。
家康とともに並んで見送りをしていた正信が尋ねる。

「3手ですか?」
「いいや5手」

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